セブ島留学まとめ

【セブ島留学は安全?】ミンダナオ島の武装勢力とフィリピン軍の戦闘を歴史から考える

更新日:2017年7月9日
フィリピンダバオの歴史の写真

2017年5月25日、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領はフィリピン南部のミンダナオ島全域に戒厳令を発令しました。マラウィ市を占領している武装勢力「マウテ」とフィリピン軍との戦闘は1ヶ月以上も続いています。2017年の夏休みにセブ島留学、フィリピン留学をされる方々の安全は守られるのでしょうか?

未来の事は誰にもわかりません。しかしミンダナオ島の歴史を紐解けば、なぜ武装勢力がミンダナオ島で戦闘活動を続けているのか、見えてきます。

セブ島の安全について、多くの人に自分の頭で判断をしてもらうため、ミンダナオ島の歴史を簡単にまとめました。

13世紀:イスラム教が初めて伝えられる

中国と東南アジアの交易中継点となっていたミンダナオ島に、マレー系人(今のマレーシア)がイスラム教を持ち込み、徐々に広まりました。

14世紀:スールー王国(イスラム教国)が繁栄

イスラム教国のスールー王国が勢力を拡大。ミンダナオ島(フィリピン南部)・パラワン島(フィリピン西部)・ボルネオ島北部(現マレーシア)までを広く支配下におき、繁栄を極めました。

15世紀:スペイン艦隊がセブ島でキリスト教を布教

マゼラン率いるスペイン艦隊がセブ島に上陸します。セブ島でキリスト教の布教に成功し、セブ王をはじめ500人が洗礼を受けました。しかし、他の王に対しても改宗を強要するマゼランは従わないラプラプ王を攻撃しようとし、逆に返り討ちに合い戦死してしまいました。

16世紀:スペインがミンダナオ島へ入植開始

マゼランの戦死後もスペインの商人、軍人、そして多くの宣教師がセブ島に渡りました。その後、スペインがセブ島を征服。そのままフィリピンの植民地化(キリスト教化)を進めましたが、ミンダナオ島はイスラム教勢力の抵抗が強く、入植はなかなか進みませんでした。

17世紀:マギンダナオ王国(イスラム教国)が繁栄

ミンダナオ島からキリスト教系の入植者を追い出し、イスラム教系のマギンダナオ王国(スールー王国と同盟関係)がミンダナオ島全土と周囲の島々を征服しました。再び、ミンダナオ島はイスラム教国家のものとなりました。

18世紀:徐々にマギンダナオ王国が衰える

徐々にマギンダナオ王国やスールー王国などのイスラム教系の国家が衰え、キリスト教系のスペイン植民地政府の侵入を許してしまいます。その後スペインはアメリカにフィリピンの領有権を約2000万ドルで譲渡。イスラム教系住人はフィリピンの統治を譲り受けたアメリカに対しても抵抗を続けました。

19世紀:政府がイスラム教からキリスト教へ改宗を進める

ミンダナオ島南部のダバオ周辺をフィリピン植民政府が制圧。王国は滅び、ミンダナオ島住民のキリスト教への改宗が進めらました。しかし、征服が進まなかったミンダナオ島の一部の地域は第二次世界大戦を経て、現在もイスラム教が勢力を保ち続けています。

まとめ

ミンダナオ島がイスラム教国家となった14世紀から現在に至るまで、数世紀に渡りミンダナオ島はキリスト教徒からの入植と改宗の歴史が続いています。現在のイスラム教戦闘集団が求めるものは何なのか?ぜひ考えてみてください。

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