セブ島留学まとめ

【参加者の声】セブ島留学&テニスキャンプ「村山さん」

更新日:2018年6月18日
CPILS警備員と村山さんの写真

今回は、第4回セブ島留学&テニスキャンプに参加してくれた村山さんにインタビューをさせていただきました。村山さんは元日本代表のろう者(耳が聞こえない人)テニスプレーヤーです。また、尚且つNPOデフテニスジャパンのメンバーとして、聴覚に障害のある子供達にテニスを楽しんでもらう活動にもに積極的に参加しています。

今回のインタビューでは、ただ普通にテニスキャンプの体験談をインタビューをするだけでは勿体無いと考え、前半は健聴者と一緒に働いている村山さんの生い立ち、後半をセブ島留学&テニスキャンプについて聞きたいと思います。我々健聴者が知らない聴覚障害者の世界を知るきっかけにもなると思いますので、時間があればぜひご覧ください。

村山さんデフテニスイベントの写真

聴覚障害について

ーーー 村山さん、よろしくお願いします!

「よろしくお願いします」

ーーー 最初にですね、念のために確認させてください。村山さんは耳が聞こえないんですよね?そして、いつから聞こえなくなったんですか?

「耳は生まれつき聞こえないです。原因もわかりません。でも・・・聞こえないって気がついたのは3歳の終わりです」

ーーー え!?3歳の終わりまで気がつかなかったんですか?

「そうなんです。自分も親もわからなくて。その時は聴力が軽かったので気がつかなかったんです・・・」

ーーー ん?聴力が軽い?どんな意味ですか?

「デシベルで言うと58デシベル。これは大声で呼べば気づく感じ。ウチの場合は3回呼ばれたら2回は振り向くけど、1回は気がつかない感じ。だから、他の子に比べて大人しいなぁというくらいでした。しかも、住んでいたのが鹿児島県の沖永良部島っていう島なので、大きい病院もなかったんです。島の病院で診てもらってもわかりませんでした。でも、おかしいので三歳の終わりに大きな病院のある埼玉に引っ越して来ました。で、そこで検査して聴覚障害がわかったんです」

ーーー へー。じゃあ、家族も村山さんの病気?のために引っ越して来たの?

「そうです。たまたま埼玉に知り合いがいたので、住むところを探してもらって家族で引っ越しました。そして病院で診てもらったら、耳が聞こえないということがわかりました。そこから補聴器をつけたり、発音の練習をしたりしました」

ーーー そっかー。大変だったんですね・・・

「当時は58デシベルでしたが、進行性だったので徐々に聴力が下がって行き、大学に入る時に91デシベル。今は91デシベルで止まっている状態です。だから補聴器を付ければ音は聞こえるんだけど、言葉まで聞き取るのは難しいです」

※デシベルの数値が大きいほど聞き取りづらくなります。58デシベルは中度難聴。91デシベルは高度難聴です。

ーーー なるほど。では、今は具体的にコミュニケーションってどうやってとっているんですか?

「読唇(どくしん)です」と

ーーー 相手の口の動きを読みとって言葉を理解するやつですね?まさに今やってもらってますけど・・・

「そうです。そして自分が意思を伝えるときは口で発音します。他の聞こえない人がいる時は手話で話します。自分としては手話で話した方が通じやすいですね。で、1番楽なのは、相手には手話を使ってもらって、自分は手を動かさずに発言するっていう(笑)」

ーーー え!村山さん、面白いですねー!(笑)でも、仕事の時はどうしてるんですか?

「筆談ボートだったり、チャットを使ってやっています。あとは打合せの時はUDトーク。周りの人はUDトークで発言して、私はチャットで発言する形でコミュニケーションをとっています」

ーーー なるほど。意外とコミュニケーションをとる方法が複数あるんですね。村山さんは他の耳の聞こえない人に比べて障がいは重い方なんですか?軽い方なんですか?僕の印象では、村山さんが他の聴覚に障害がある人に比べて軽いからできるのかな?って思うんですけど、どうでしょう?

「いえ、重い方ですね・・・障害の程度としては重度です」

--- そうなんだ・・・でも、失礼ながら村山さんは話していて重度っぽい感じがしませんね・・・

「読唇術が使えることと、ろう者と過ごすより健聴者と一緒に過ごすことが多かったから、慣れてるのだと思います」

--- なるほど。そうですよねー。でも、元からの性格もあると思いますよ。先日、facebookで村山さんが”いきなりステーキ”で300グラムのステーキ食べてるのを見ましたよ(笑)

「そうですねお肉食べないと(笑)」

お仕事について

--- 次にお仕事について聞かせてください。今は大きな会社で働いているんですよね?サラリーマン?というか一般の社会人と同じように働いてるの?

「そうです。デスクワークがメインです。そして時々パソコンの情報処理系のことをやっていたので、時々ツールをいじってプログラミングしたりとかしますね」

--- なるほど。で・・・最初から失礼な話なんですけど、お給料とかって一般の方と同じようにもらってるんですか?健聴者と障がい者って同じようにもらえるものなの?

「はい。自分は障害者枠で入ってわけではないので」

--- え!そうなんだ!

「普通の枠で入れましたね」

--- すごい!優秀ですね!僕は普通の会社に入れませんよ!(汗)

「そんなことないですよ(笑)」

--- ということは、パソコンなどの情報処理は普通の人よりできるってことですね?

「それは筑波技術短期大学に入ったので勉強しました。3年制の短期大学なんですが、2年生の時にインターンシップで今の会社に行きました。1ヶ月間そこでお世話になって、自分もよかったなーと思っていていたら、向こうも気にいっていただけたようで・・・その機会があったから奇跡的に入れたのかなと思ってます。何故かと言うと、就職試験はその1社しか受けてないから(笑)」

--- え!そしたら他の会社を受けてたら・・・また違った展開になったかもしれませんね。他の会社も受けていて、全て受かったら凄いってことだし・・・

「もしかしたら全て落ちてたかもしれないし・・・」

--- そうそう。だからビギナーズラック的な?(笑)

「大学のサポートのおかげです(笑)」

--- その筑波技術短期大学って健聴者も入れるですか?それとも障害者だけの学校ですか?

「障害者だけの大学です。ろう者が盲者だけ。盲者っていうのは視覚障がい者。私はそこで聴覚障がい者のみの情報処理に入りました。だから生徒は全員ろう者なのです。手話もそこで初めて覚えました。それまでは指文字は知っていましたが、手話自体は知らなくて・・・」

--- そうなんだ!では読唇術はいつから覚えたんですか?

「読唇術は小さい時から」

--- なるほど。それがあったから手話を使わなくても大丈夫だったんですね!

「健聴者とのコミニケーションは読唇じゃないとできません。健聴者は手話を全然知らないので・・・」

--- ですよねー。僕も全然わからないですねー。特におじさんになってからは100%覚えられないです(汗)

「私もそうだと思います。だから、英語も全然覚えられない(笑)」

--- あー英語ねー。英語も難しいよねー(汗)

テニスとの出会い

ーーー 今度はテニスの話を聞かせてください。テニスはいつから始めたんですか?

「中3からです。しかも軟式です。中学校は部活に入らなきゃばいけないというルールがあったんです。その時は野球が好きだったのでソフト部に入ったんですが、そこでいじめられたので辞めて・・・でもどっかに入らなければいけないので、ソフトボールをやっていたグラウンドの近くにテニスコートがあったので、テニスはどんなものかなぁと思って入部しました。当時はスコートにも興味があって、ちょっとかわいいなと思ってました(笑)」

ーーー わーオヤジですね!(笑)

「嫌らしい子供でしたねー(笑)ヤンチャでしたねー。若気の至りです。今は恥ずかしくて無理ですけど(笑)」

ーーー 村山さんはとても面白いキャラクターですね!(笑)

「ありがとうございます(笑)で、入部届けを出したんですけど前の部活のこともあっていじめとか怖くてずっと部活に行けませんでした。でも、3年生の時に私が好きな顧問の先生から『なんで来ないの?部活に参加しなさい』って言われて、しょうがないかーって感じで出てました。ペアもいなかったので、1人でひたすら壁打ちしてました。」

ーーー 壁打ちは練習になるからいいですよねー。その柱みたいな壁をめがけてやってたんだ。

「そうそうそう。ずっと1人で黙々とみたいな。」

ーーー 危ない人ですねー(笑)

「確かに周りから見たら危ない人だったかもしれません(笑)でも最後の夏は後輩と一緒に試合に出てすぐに負けたんですけど、その経験がすごく楽しかったので『高校でも続けたい!』と思いました。で、高校は硬式だったんですけど何も考えずに入りました」

ーーー 当然高校はそのまま普通の高校に入ったんですか?ろう者の学校ではなく?

「はい。普通の情報処理系の商業高校に入りました。確か、ろう者はいなかったですね」

ーーー そこで3年間硬式テニスやったんですね。今度は公式だからシングルスがありますよね?経験者だし、試合にはすぐに出れたんですか?

「出られませんでした。試合に出れたのは2年生からだと思います。私が1年生の時は部員がたくさんいたんですが、当時の2年生が引退した夏以降はみんな来なくなっちゃって、また私1人だけになりました」

ーーー え!部員は1人だけになっちゃったってこと?

「そうです。他の人はみんな幽霊部員です。みんなはメンバーだけど練習出てこない。仕方ないから私は男子と一緒に練習をしてました。男子も2年生が2人しかいないので、先生が1人入って全員4人で練習してました」

ーーー 男の子の方が単純でバカだし、意外と優しいからいいですよねー。男子と一緒に練習をしていたら、高校で結構上手くなったんじゃないですか?

「そうですね。男子と一緒にやっていたので、パワーとかスピートは付きました。」

ーーー 高校時代の戦歴はありますか

「ありません。むしろ1回戦負けとか・・・全然強くなかったです。どちらかというと、遊びに近い感じですね」

ーーー あれ?でもろう者の日本代表になったんですよね?本格的にテニスを始めたのはいつなんですか?

「5・6年前からです。」

ーーー ん???だいぶ間が空きましたね・・・そもそも村山さんは今いくつなんですか?

「今34です。テニスは25歳くらいから本格的に始めました。というのも、その時にろう者の関東大会とか全国大会があって、出たら結構いい成績を残してしまい、そしたらそのまま代表に選ばれちゃって」

ーーー 日本の?

「はい日本の」

ーーー え!いきなりすぎませんか?(汗)

「いきなりでした。その時、ウチは社会人になっていて健聴者と一緒に練習していて、しかもプレッシャーの中で試合があったりと大変な環境だったので少し鍛えられてました。そしてその年の大会は、参加者がろう者とだけテニスをしているような人が多かったみたいで、たまたま勝ててしまいました(笑)」

ーーー あれ?なんだか話がおかしいぞ。高校から社会人にまで話が飛んでしまった。村山さんは大学でもテニスをしていたんですよね?

「大学2年生の時はバレーボール部に入ってテニスをやってなかったんです」

ーーー え!その身長でバレーボールを?

「はい、テニス飽きちゃったんです(笑)バレーボールに浮気してました。大学1年の時にろう者のテニス大会には出たんですけど1回戦負けでした。で、社会人になってからもう一度テニスを始め、なぜか会社の実業団に入ったので、そこで揉まれた感じです」

ーーー 社会人になってから再びテニス部に入ったんですね?

「はい。でも、必死に練習したわけではなく、周りの選手と一緒に練習したくらいです。でも、みなさん上手かったのでいい練習になりました。実業団に入ると年に2回大会があり、毎週日曜日に団体戦の試合が入るので、そこで自然に磨かれました」

ーーー でも・・・大学時代にバレーボール部だったのに、試合に出れたんですか?

「人数が少ないから、出させられました(笑)私の会社は実業団の部員が3人しかいないんですが、実業団の試合はシングルス2本とダブルス1本。実業団のメンバーの中では私が1番下なので、シングルスもダブルスもやりました」

ーーー まあ、そうですよね・・・上手い人でも年齢が高い人は両方できないですよね?

「そうなんです。だから、1番下っ端の私が両方出るっていう感じでした。でも、団体戦は負けられないので、そこでテニスの実力が磨かれたかなぁと思います。だから私はろう者の中で上のほうに行けたのだと思います」

ーーーなるほど。実業団の試合で鍛えられて、ろう者の大会でいい成績を収めたらそのまま日本代表になってしまったんですね。まあ、ある意味納得です。では、そこで内藤コーチとも出会ったんですか?

※内藤コーチはセブ島留学&テニスキャンプの主催者の一人。元ろう者テニス日本代表コーチ。コートピア大泉で全日本ジュニア選手を多数輩出。自身は元全日本選手権シングルス本線出場者。

「はい。内藤コーチと会ったのは自分が日本代表候補にに選ばれて強化合宿に出るようになってからです。」

ーーー なるほど。そこでやっと内藤コーチと出会うわけですね。想像と全然違いました(笑)

インタビュアー永井の感想

ーーー 村山さんにお話を聞かせていただいて、なんとなくわかりました。健聴者から見ると、聴覚障害の世界って本当にわからないんですよ。正直言ってどこで何をしているのかも想像もつきませんでした。

「想像つかない?聞こえない世界はどういう世界かっていうことですか?確かに皆さん理解しにくいと思います。目が見えないとかだったら目を隠せばわかるけど、聞こえないっていうのは耳を塞いでも音が入ってしまいますからね・・・」

ーーー 僕はですね・・・音が聞こえるかだけじゃないと思うんです。一般の人たちって耳が聞こえない人がどういう風に育ってきて、どこにいるかってことを知らないんですよ。日本は障がいを持っている人と、健聴者を分けちゃうから。だから耳の聞こえない人に対しても、自分たちと違う世界の人とカテゴリー分けしていると思います。でも今の村山さんの話を聞くと、意外と健聴者と同じだなーって僕は感じました。健聴者でも人と違えばいじめられることもあるし、ろう者でも頑張ったら勝てる時がある。村山さんのように健聴者と一緒に仕事をしている人もいる。それがわかるだけでも、障がいを持った人たちとの壁がなくなると思うんですけどねー

「そうですね。時代にもよるんですけど、うちの場合は親が『健聴者の中でも生きていけるように』って読唇と発音の練習には力を入れました。それが良かったのかもしれません」

ーーー 上から目線で申し訳ないですが、親が偉かったよね。

「親のおかげです。そういう意味で大学に入るまでは『ろう学校』があると言うことを知りませんでした。だからイジメられたり、周りの話を聞き取れないので孤独感を強く感じました。だから、『なんで耳の聞こえない人のための優しい学校がないんだろう?』とずーっと思っていたんです。でも・・・なんとウチが知らないだけで実はあって、しかも耳が聞こえない学生同士が手話でコミュニケーションしてる学校があって、なんだあるんじゃんじゃない!!!!っていう(笑)」

ーーー なるほど(笑)そりゃ知った時はショックでしたでしょうね(笑)今の若い人は耳が聞こえなくてもスマホで情報収集できるから『ろう学校』を見つけることができるけど、村山さんは若い時にどうやって情報収拾をしていたんですか?それとも話せないから情報収集はしてなかった?

「してなかったかもしれないです・・・一番覚えているのは・・・そう、小学3年生か4年生の時に初めて漫画を見たんですよ!」

ーーー 小学4年生で初めてマンガとの遭遇!(汗)

「はい。それまでは絵本や本があることは知っていたんですが、漫画自体を知らなくて。でも、友達が持ってきたのをたまたま見て、『なんだこれ・・・面白い』てなって、そこから初めて自分から漫画を欲しいと言って、何故か金田一少年の事件簿を13巻から買ったんです!

ーーー なるほど。確かに金田一少年の事件簿は1話完結だから、途中からでも読めますよね。

「でも、13巻から12巻、11巻と逆に買っていったので答えが先に分かっちゃうという(笑)

ーーー え?後ろから前に向かって買ったの?

「はい。変な読み方をした記憶があります」

ーーー なるほど。いろんなところが変わっていたんですね(笑)

「はい(笑)でも、それ以外では情報収拾はなかったですね。まあ、人見知りというか・・・他の人とどうやって遊んでいいかわからなかったんですね」

ーーー でも、そこがポイントですよね。きっと僕らのような健聴者でも、想像している以上に言葉でのコニュニケーションが多いんでしょうね。

「そうなんですよね。だから小学生の時は普通にジャングルジムとかに行って遊べるからよかったんですけど、中学に上がってからはそうじゃないから、みんながどうやって何を遊んでいるか全くわかりませんでした。しかもイジメられているという部分もあるから、まっすぐ帰ってテレビを見てぼーっとしていたり、」

ーーー え???テレビは理解できたんですか?当時は字幕ないですよね?

「字幕ないです。だからわかんないです。でも、画面を見て『こんなこと言ってるのかな?』と想像しながら見てました」

ーーー なるほどー。それで育つとちょっと変わった人ができそうですね(笑)実を言うと、僕もそれをやってました。僕の家は両親が厳格な教員だったので、テレビはニュース以外は見せてくれませんでした。だから両親が食堂に居るときに、親父の部屋に忍び込んで、音を消してテレビを見てましたね。だから何をやってるのかわからなかったんです。村山さんの気持ちがわかりますね。(笑)

「だから変な人になったのかもしれませんね(笑)」

ーーー 変な?まあ、確かにそうですね(笑)

やっとセブ島へ行った時の話

セブ島のテニスコートの写真

ーーー キャンプのインタビューをするはずでしたが、村山さんの生い立ちの話ですっかり長引いてしまいました(汗)ここからが本題です。まず最初にこの【セブ島留学&テニスキャンプ】の企画をどこで知りましたか?

「内藤コーチがお話ししてました。今、毎月デフジュニア(耳の聞こえない子供達)にテニスを教えていて、終わった後に実は今こういった企画を考えているとお話をされたんです。そこで、『その企画は障害者の方は参加できないんですか?』って聞いたんです」

ーーー そうなんですか。意外と積極的ですねー

「英語でコミニケーションとれるようになれば、世界大会とか行ったときに困らないと思ったんです。日本のろう者のテニス技術は決して高くはないので、レベルを上げるためにも英語ができるようになれば、トップクラスの国からも色々学べるはずです。他の国に行って練習とか合宿ができるかもしれないし・・・デフJrもそういった環境に慣れてくればテニスの面でもいい影響が出るだろうし、会社に入ってからもいいと思いますから」

ーーー それは実体験としてあるんですね

「はい。今は会社から英語の力を上げるようにと言われています」

ーーー やっぱりそうなんだ!

「聞こえない人は大変だと思いますが、それでも読み書きはしないといけないと思います」

ーーー 何らかの形でコミニケーション取れないとだめだよね・・・

「英語は小さい時からやった方がいいんじゃないかなと思ってます。ろう者の子供には英語だけじゃなくて、色々な人が居るのを知って欲しいです。ろう学校の中だけだと先生の数が少ないから、1年から6年までずっと同じ先生というところもあるんです。だからどうしても世界が狭くなってしまいます。自分のように健聴者の学校に行けばいいかもしれないけど、それはなかなか難しいと思うので。そういった意味で、内藤コーチに『その企画は聞こえない人は参加できないんですか?』って聞いたんです。そしたら『相談してみるよー』ってコーチが言われたんです。で、ずーっと待ってたら『どうっ?』て言われたんです。

ーーー 逆に勧められたんですね(笑)

自分が言い出しっぺだし、自分も見てみたいなーと思ったし、英語力が上がるんだったら英語あげたいなぁと思っていましたし・・・それに何よりも日本にいると中々勉強が手につかないので・・・

ーーー そうですよね。留学ってそれがいいところですよね。強制的と言ったら変ですけど、英語だけの世界に飛び込んじゃえば、いやでも勉強しますからね

「テニスは別としても、英語だけは行きたいなぁと思ってました」

ーーー え!?意外です。僕は村山さんはテニスができるからセブ島に行くと思っていましたが、もともと英語の勉強がしたかったんですね?

ーーー 興味はありましたね。それでテニスができるんだったら『一石二鳥じゃん』と思ったんです。また1週間という短期もよかったです。社会人になるとどうしても休めないですから。1週間ぐらいだったら夏季休暇として休みが取りやすいので申請を使っていけるなぁと思って参加しました

ーーー なるほど。でも、行く前に不安とかはなかったですか?

「漠然とした不安はありました。それまで海外に行ったことが2回ほどありましたが、その時のどちらもついていくだけだったんです。だから、まずセブ島がどこにあるのかも知りませんでした。

ーーー じゃあ、セブがどこの国かも知らなかったんですね?

「はい。フィリピンだとは知りませんでした(笑)だから周りの人に『セブ島に行きます』と言ったらみんなビックリして、『リゾート地だよ』と言われたんですけど、自分の中ではそう思ってなくって・・・後々、色んな人から話を聞いたらセブ島っていいところなんだよってわかりました」

ーーー でも、周りの人たちは色々心配したんじゃないですか?反対する人や、止める人もいなかったんですか?」

「心配した人も反対する人もいませんでした。『リゾート地だから大丈夫でしょ』みたいな感じでした」

ーーー なるほど。では、障がいがあるから行きづらいって事はなかったんですね?

「はい」

ーーー 意外とアッサリしていますね・・・健聴者でも心配する人は多いのに・・・。そしたらセブ島は障がいを持ってるような人でも、行こうと思えば普通に行ける環境なんですね。反対する人も少ないというか・・・

「まぁ聞こえない人でも世界一周している人がいるし、一人旅に出ている人もいますから」

ーーー え!それは僕知らなかったです!耳が聞こえないのに世界一周なんてできるんですか?

「できますよ。外国の方の中には聞こえないのに自転車で日本一周してる人もいます」

ーーー え?日本語わからなくて耳が聞こえない外国人が自転車で日本一周ですか?それは危なくないですか?

「聞こえない、かつ日本語もしゃべれない、でも手話はできる、英語はしゃべれないけど書けるって言う人が1人いました。その人が日本を自転車で周っていました」

ーーー その人ってやっぱり性格が変わってますよね?

「変わってるというか超積極的(笑)」

ーーー 驚くことばかりですね・・・でも、耳が聞こえない人の中にも、そんな人がいるってことが知れただけでもいい話を聞けました。では、ここで話をちょっと戻しますね。今回、セブ島に行くにあたって準備は大丈夫でしたか?

「大丈夫でした。普段から強化合宿とかがあったから、旅行の準備は慣れています。ただ、ちょっと荷物入れすぎましたね」

ーーー 因みに内藤コーチとはどこで待ち合わせしたんですか?確か高校生の男子も一緒でしたよね?

「そうです。成田空港に3人で待ち合わせしました」

ーーー 搭乗手続きや出国手続きは自分でできたんですか?内藤コーチに手伝ってもらったとかはなかったんですか?

「自分でできました。でも、そこまでは内藤コーチたちにくっついてきました(笑)あと、高校生の男の子が『ここでパスポート出したほうがいいよー』と教えてくれたので助かりました。内藤コーチと男の子が先に行って、私はその後についていって、前の2人がやっていることを真似して登場の手続きをしました」

ーーー あーそれは末子のよくやる作戦ですね。兄や姉の様子を見て真似するという(笑)

「そうです(笑)あと、成田空港のスタッフさんが色々声をかけてくれるので助かりました。何も問題はありませんでした」

ーーー へー。では、成田空港は耳が聞こえない人でも全く問題なかったんですね?

「そうですね。全く問題なかったです」

ーーー 飛行機に乗ってる時はどうでしたか?

「日本からの直行便だったこともあり、日本人が多かったから特に問題なかったです。成田空港も羽田空港もそうなんですけど、予め聞こえないと言うことを伝えておくと、紙とかボードを用意してくれるんです。『何か介助が必要ですか?』とか聞いてくれるので、サポートが欲しい時・・・例えば飲み物を配ってる時に、印刷物を出して『水とジュースがありますが、どちらにしますか?』と聞いてくれるんです」

ーーー なるほど!そういうシステムなんですね。そういったサービスがあるから、耳が聞こえない人でも気軽に飛行機に乗れるんですね?

「そうです。受付の時に言えば対応いろいろ対応してくれます。最近の空港はいいですよ!」

セブ島に到着

空港での村山さん後ろ姿の写真

ーーー では次に、実際にセブの空港に着いたときどうでしたか?ドアを開けて降りた瞬間に、南国特有のムワッとした熱気がありますよね?その時はどんな感じでした?

「空気が変な感じでした(笑)うちにとっては息苦しい感じでした・・・」

ーーー 息苦しい?

「聞こえない人は、口とか鼻が敏感になるんです」

ーーー あーわかります!僕は目が見えなくなった人と話をしていた時、『私は言葉の感じだけで、その人がいい人か悪い人かを見抜けます。あんたいい人だね』って言われました(笑)きっとそれと同じですよね。

「おそらくそうです。ウチは鼻が敏感みたいなんです。だから飛行機から降りた瞬間に『あれ?』って感じがして外に出た瞬間に息苦しくなりました。空気が曇ってる感じ・・・空気が入れ替えしてない感じでしたね・・・」

ーーー 外なのに?

「外です(笑)なんというか・・・何か熱がこもった鍋みたいな感じですかね・・・ただ、暑くはなかったです。後々、アイランドホッピングで海に行った時は、空気がすごく綺麗で問題なかったんですけど、空港の空気はちょっと濁ってましたね・・・」

ーーー なるほど・・・確かに敏感な人にはセブ島の濁った空気は厳しいかもしれませんね。では、飛行機を降りて、空港はどうでしたか?

「綺麗でしたね。日本と同じくらい」

ーーー フィリピンへの入国審査も日本の出国審査と同じように出来たんですか?前の人と同じようにパスポートや書類を提出するだけで大丈夫でしたか?

「はい。前の人の真似をすれば良いだけだったので大丈夫でした(笑)」

ーーー なるほど。入国審査も簡単にパス。本当に耳が聞こえなくても問題ないんですね・・・。そしたら次に空港の出口を出たときに、ピックアップのスタッフとはすぐに合流できましたか?

「大丈夫でした。CPILSって書いてあるバスを内藤コーチが見つけて、『アレだよ』って教えてくれました。そして、内藤コーチについて行きました(笑)」

ーーー そのピックアップのバスに乗ってそのまま学校まで連れてってもらってもらったんですね。その時、バスの外を流れるセブ島の風景を見てどう思いましたか?

「なんだこの景色は・・・と思ってずっと眺めてましたね(笑)」

ーーー 最初は衝撃受けますよね(笑)

「ですね。衝撃・・・だったのかなぁ・・・」

ーーー 不安は感じませんでしたか?

「全く感じませんでした。むしろその状況を楽しみました(笑)内藤コーチも高校生も一緒だったので安心していました」

初めてのショッピングモール

ショッピングモールの両替所の写真

ーーー えっと、普通は空港から語学学校の学生寮に向かうんですが、今回は先にショッピングモールに向かったんでしたよね?ショッピングモールはどうでしたか?日本のショッピングモールと違いましたか?

「日本と同じだと思いました。ただ、驚いたのは販売スタッフが多いなぁと思いました。しかも、みんな携帯を見て遊んでいたり、おしゃべりをしてました」

ーーー あーわかります。確かにセブ島は・・・というかフィリピンのお店には販売員が無駄に多いですよね。そして働いていないという・・・

「お客さんが見てる前でご飯を食べていたりYouTubeを見ているので驚きました。お客さんが目の前にいるのに、YouTubeを見終わって次の動画を選んでいる人もいました。クレーム来ないのかなぁって。」

ーーー それが南国のお国柄ってやつですね(汗)でも、それは結構濃いところに当たりましたね。ちなみにショッピングモールでは何を買ったんですか?

「まず両替をしました。で、次に何を買うか迷ったんですが、私はお金を使わないようにしていたんです。そしたら内藤コーチが安いからTシャツを沢山買いだして・・・私は内藤コーチに『何がオススメですか?』と聞いたら内藤コーチが『お菓子がおいしいよー』と教えてくれたのでそれを買いました。食べてみたら本当に美味しかったです」

ーーー 他にはすることはなかったんですか?

「そこで晩御飯を食べました。ショッピングモールの中にフードコートみたいなところがあって、色々なお店が入っていました。でも、注文の仕方がわからなかったので、指差しだけで購入できそうなお店を探して注文しました。料理は美味しかったです」

ーーー では、ショッピングモールでは特にトラブルやギャップなどを感じることはなかったんですね?

「はい。特に問題なかったです」

ーーー 僕は初めてセブ島のショッピングモールに行った時、人がとにかく沢山いてびっくりしました。特に若者や子供がめちゃくちゃ多いんですよね。そういったことには驚かなかったんですか?

「???。はい。特に・・・」

ーーー 驚かなかったんですね(汗)じゃぁもう学校まで行く過程はすんなりと終わってしまったんですね。村山さんの生い立ちの話が面白すぎて、この大事なセブ島の話が盛り上がりませんね(笑)

「すいません(笑)」

語学学校CPILSについて

CPILSのエントランスの写真

ーーー さあ、いよいよ英語学習のために留学する語学学校に到着しました。ここからが大事なところです!でも・・・時間の都合で、ここからは少し飛ばし気味でお願いします。村山さんの生い立ちの話が面白かったので、時間をだいぶ使ってしまいました(汗)まず最初に、村山さんはセブ島の語学学校CPILSに着いて、最初にどんなところだと感じましたか?

「暗いなぁと思いましたね・・・。こんな所でやってるのかな?と少し心配になりました(笑)」

ーーー え???あ、そっか、日曜日に到着したんですよね。日曜日は先生たちも出勤していないので学校はお休みです。確かに土日は電気は落としてるから暗いかもしれません。

「でも、日本は土曜日でも日曜日でもどこに行ってもお店とかはやってますよね?その時、むしろ日本もそうするべきなんじゃないかなぁと考えました。もちろん最低限の店はやってて欲しいけど」

ーーー セブ島で意外なところに気が付いたんですね(汗)

「はい。学校の入り口も暗かったですけど、部屋も少し暗かったです。でも、こんな感じなのかなぁと思いました」

ーーー 実は、フィリピンて電気代が高いんですよ(物価に比べて)。だから人がいない時は極力電気つけないんです。ちなみに部屋はどんな感じでしたか?

「部屋は広かったです。国内のビジネスホテルよりは広かったです。冷蔵庫がレンタルできると聞いていたんですが、それがあると良かったですね。でも、自分から言いだすほど必要性は感じませんでした」

ーーー 冷蔵庫なんて、なければ無いで何とかなりますよね。

「あと個人的な話ですけど、鏡があまり好きじゃないんです。日本のビジネスホテルだとベッドの脇に大きな鏡がありますが、それが無かったのでよかったです」

ーーー それは怖いんですか?

「怖いです(笑)でも、鏡がなかったので快適でした」

ーーー 次にルームメイトについて教えてください。ルームメイトはいたんですよね?

「いました。既に1ヶ月くらい留学している台湾の人でした。ラッキーだったのは、私が初めて部屋に入って色々している時に、その方が他の友達と一緒に帰ってきたんです。で、その友達が日本人だったので、『自分が聞こえないので・・・』と話したらその人が英語で通訳してくれて、最初のきっかけとしては助かりました」

ーーー でも台湾人の唇は読めないですよね?

「ホワイトボードを持って行ったんですよ。そこに英語の単語を並べて会話をしました」

ーーー なるほど!ホワイトボードが活躍したんですね!

「でも自分は簡単な文章しか書けないから、英語の手話を交えました」

ーーー え?英語の手話が通じるの?

「英語の手話はジェスチャーに近いんです。例えば、イエスタデイが伝わらなければtomorrow・today・yesterdayとジェスチャーを使っていけばつながるんです」

ーーー なるほどー。それは長年の知恵ですね。でも、それだったらセブ島に行く前に自分のプロフィールや自己紹介文を英語で書けるようにしておくと良かったかもしれませんね。

「そうですね。『ホワイトボードで筆談お願いします』とか書けれたらスムーズだったかもしれません」

ーーー そうですね。英語をしゃべれない人って書くのもできないから、英文を書くのは英語の基礎として大事ですよね。でも、まあ初日はそんな感じで終わったんですね。

英語授業について

CPILSの教室棟の写真

ーーー では、実際の留学はどんな感じだったんですか?

「まず最初に月曜日にレベル分けのためのテストを受けました。聞くのはもちろんダメなんですけど、書くのは『ちょっといいね』と言われました」

ーーー え?そうなんですか?英語初心者と聞いていましたが???

「いいのかどうか自分ではわからないんですけど・・・で、実際の授業は先生と1対1のやりとりだったんですが、英語の読唇と発音の練習をしました」

ーーー 読唇は厳しそうですね・・・

「はい。難しかったです。読唇術で先生の口を読む練習をしましたが、読めなかったです。やっぱり英語の口の使い方は日本語とは全然違くて・・・」

ーーー 発音はどうでしたか?

「自分で発音も色々試してみたんですが、自分でもその発音方法の感覚がわからなくて・・・」

ーーー なるほど・・・自分で自分の口の動きがわからないんですね。でも、村山さんは日本語をそれだけ喋れるじゃないですか?それでもわからないんですか?

「日本語を話しているときでも、自分で自分の口の動きがわからない時があります」

ーーー え?日本語でも喋る自分の口の感覚がわからないんですか???ってことは、僕らが普通に話している時の声のほとんどは、口から出して耳で聞いているってことですね???だから、口を動かす感覚はあまり重要ではない。そして耳の聞こえない人は自分の声を聞いて自分の声を調節できないので、話す感覚を掴むのが難しい・・・

「そうですね。『か』に点々(″)を付けるだけでも結構難しいです。『ここに力を入れる』とか『下を向く』とかコツを掴みながら話をしています。だから、普通の会話で意識しろと言われると止まっちゃうんです。なので、『点々をつける場所はここかな?こんな感じかな?』と試しながら会話して、伝わった発音を感覚的に覚えるようにしています」

ーーー えーー!そうなんだ!自分の声を聞くことがそこまで重要だとは思えませんでした・・・口からの感覚で話せるようになるもんだと思っていましたのでビックリです。

「口の絵を見せてもらってその通りに発音しても上手くいかないし、上手くいったのを『それ!それをもう一度!』と言われても再現できないんです」

ーーー なるほど・・・発音の練習は耳が聞こえない人にとっては難しかったんですね・・・

「そうですね。留学前に『聞き取れないけどしゃべる練習はいいかな?』って思ったんです。海外に行って自分が英語を喋って通じれば、相手が筆談で返してくれればコミュニケーションが早いだろうなーと。それが出来るかなーと思ったんですけど、発音の微妙な違いがわからなかったので・・・正直キツかったなぁと」

ーーー それは今振り返ってみてどうですか?無駄な経験だったと思いますか?それとも挑戦した価値はあると感じますか?

「無駄ではないですね。その経験があったからこそ、もしまた次に受けようと思ったら発音はやめた方がいいと(笑)限界があると思ったので、聞こえないなら聞こえないなりにコミュニケーションをとったほうがいいなと思いました」

ーーー そうなんだ・・・やっぱり聞こえない人にとって2ヶ国語目って本当に難しいんですね。

「はい。限界を感じました」

ーーー まあ、そうですよね・・・。母国語だってきちんと話そうとしたら難しいのに・・・

「でも、知り合いの耳が聞こえない人が他のセブ島の語学学校に留学していて、その人の話を聞いたら発音の練習は全くしないで、書いてやり取りをメインにしていたので、だからそういったやり方がいいのかな?と思いました。」

ーーー ですよねー。僕も話を聞いてからそう思いました(汗)

「最初はマンツーマンでラッキーと思ったんですが、後で考えるともう一人くらいいたほうが良かったですね」

ーーー 一緒に勉強して楽しめるような人がいた方が良かったんですね。

「そうですね・・・同じ聞こえない人でもいいし、先生や生徒が増えて会話ができたら良かったと思いますね」

ーーー そうか。。。確かにマンツーマンレッスンの良さは生徒が喋れるっていうところですが、喋れないのなら確かにマンツーマンレッスンのメリットが無いですよね。

「例えばアメリカの手話(ASL)のレッスンだったら自分が喋っているのと同じなのでマンツーマンでも良かったかもしれないけど、書きながらのマンツーマンは・・・」

ーーー なるほど。筆談でのマンツーマンは魅力を感じなかったという・・・

「いや、時間がかかるから・・・めんどくさいと思いました(笑)」

ーーー え!?(汗)

「パソコンだったらまだ良かったかもしれません」

ーーー それはわかりますけど(笑)

「今は仕事でも私生活でもパソコンを使っているので、書いて伝えることがめんどくさかったです。勉強していた学生時代だったら良かったかもしれませんけど、今は健聴者とのコミニケーションで筆談する時でも略して書きます。研修の時に資料配られていたら、講師の話の内容を補足するために健聴者が『ここ→●●』みたいな感じで要約してます。

ーーー なるほど。

「通常のホテルとか受付の人とコミニケーション取る時、しっかりした英語の文章で書いても良かったんですが、もうちょっと箇条書きにできるのではないかと思って、そういう書き方を教わりたかったなぁと思いました.

ーーーなるほど。英語だと『一晩いくらですか?』って定型文みたいなのがありますね。でも日本語の場合を想像つかないなぁ。日本語で言うと『一泊いくら?』みたいな感じかな?英語で言う『per night』『how much』みたいな感じかな?

「そうですね・・・なんか脱線してるような感じがしますけど(笑)」

ーーー まぁそれ言ったらもう全て脱線していますね(笑)

「以前、ベルリッツをやったことあるんですよ。英語勉強したいなーと思って。ベルリッツのレッスンもフィリピンと同じで、発音が無理だから全部書きました。テキストの問題集を解いて、文法がおかしかったら『ここが違うよ』とか言って直してくれる感じでした」

ーーー でも文法大事ですよね・・・

「でも、そしたら英語の普通の授業と同じだから面白くないと思いました」

ーーー まぁ、普通は文法を意識して英語をしゃべって、それが合ってるかどうかをフィリピン人の先生が教えてくれるってのが普通のレッスンになるんですけど・・・確かに書くだけだったら自習でもできなくもないですよね(汗)

「文法をやる必要がなくて、しゃべれないからスピーキングや発音もできないとなると、外国人と話すメリットが考えられなかったですね・・・」

ーーー なるほど・・・結構ここは大事なポイントですね。外国人と話すことはとても大切だと思うけど、それを勉強するために外国にまで行って・・・特にフィリピン人講師から1対1で学ぶ必要はないだろうって感じたんですね?じゃあ、どういう形だったら良かったと思いますか?

「健聴者って生の英語を聞けるからメリットがありますよね。日本語を覚えるときと同じで、まず聞ける。日本人が話した英語を聞き取ることと、外国人が話した英語を聞き取ることが違うから、セブ島に行って英語を聴くと、その英語生から、あーこういう発音の仕方なんだ、あこう言ってるんだって耳が慣れる、だから私もこう話さなきゃって思う。でも、聞こえない人はそのメリットが無い」

ーーー じゃぁ聞こえない人は独学でやっちゃったほうがいいのかな?

「英語の本を読む方がいいかも」

ーーー そうかー。でも、村山さんがそうやって日本語覚えたわけだから、英語を覚える時も、そのほうがいいかもね

「フローズン(アナと雪の女王)の英語の歌を英語として覚えながら、日本語訳を見れば、「あっこういう意味なんだ」ってわかりやすい。だから、歌とか本とかの方が勉強しやすいです。日本語もそうだけど、本などを繰り返し読むから助詞も理解できて語彙力も上がるし、日本語の使い方も身につきますよね。だから、英語も最初はテキストとをやるとかではなく、簡単なストーリーを読んで意味を捉えて、そこから語彙力とかとか助詞の使い方を覚えたら勉強しやすかったなぁと思いました」

ーーー でも、英語には助詞は無いですよね?

「助詞というか、forとか・・・」

ーーー あー前置詞ね!何のことを言ってるのかわからなかったです(笑)確かに言われてみればそうですね。

「日本語も主語と動詞とかあるじゃないですか。順番があって、英語も順番があるわけであって、簡単なストーリーから少しずつ見ていけば、どんな特徴がつかめますよね。ベルリッツとかセブ島とかで、中学とか高校でやってるような英語の問題を解くよりは、簡単な本でストーリーを読んで楽しみながら自然に覚えられるかなーと思いました。高校の英語の授業もストーリーになっていたから覚えられたのかなぁ・・・

ーーー なるほどねー。でも、どこかでこの話をまとめないといけないから、この話はここまでにしましょう(笑)

他の授業

ーーー 耳の聞こえない村山さんにとってはセブ島の英語の授業はそこまで良くなかったってことですね?そしたらグループレッスンは出たんですか?

「無かったんですよ。私はマンツーマンだけでした。だから他のクラスがどうなるかはわからなくて・・・内藤コーチからグループクラスの話を聞くと、そっちの方が楽しそうじゃん!って言う感じで(笑)

ーーー いろんな国の人と一緒に授業受けて友達にもなれるし、グループクラスもやる事は同じだったら混ぜてもらえればよかったですねー

生活や食事について

ーーー 次に学校の食事とかはどうでしたか?『おいしい』って言う人と、『不味い』って言う人がいるんだけど

「普通に美味しかったです」

ーーー 食事の時間にお盆を持って行列に並ぶのは大変じゃなかったですか?

「食事の時間は早く行ったから特に問題はありませんでした。自分はお昼の前の授業がなかったので、先にさっとご飯とってきて食べてると、後から来た人たちが大行列つくってるみたいな感じでした(笑)

ーーー なるほど。じゃぁもう食事も問題なかったんですね。部屋はどうでしたか?

「特に問題なかったですね」

テニスは?

テニスレッスン内藤コーチの説明の写真

ーーー 次にテニスはどうでしたか?実はセブ島のテニスコート事情は結構ひどくてですね、きれいなインアドアのテニスコートはあそこのコートだけだったんです。

「十分すぎますね」

ーーー 日本でやるのとは何か違いがありますか?

「あんまりないです」

ーーー テニスコートに行く途中と帰る途中がちょっと刺激的な感じですかね?

「それは面白かったですね(笑)」

ーーー みんなでテニス終わったらラケットバック背負って車に乗り込んだんですよね?

「あれは面白かったです。途中で事故ったのも(笑)」

ーーー 面白いっているところがすごいよね。みんな怪我がなかったからよかったけど、怪我があったら大変だったよね。

「速水さんがジプニー(フィリピンのバス)を止めて『お金を払うからあそこまで連れてってよ』と交渉したんです。あれが凄いと思いました。消極的な性格の私だったら絶対無理でした。ジプニーに乗っていた人を下ろしちゃったし、途中で乗ってくる人も断ってました(笑)

ーーー すごい経験ですよね。日本で走ってる西武バスとかを止めて買収しちゃうわけでしょ。ある意味バスジャックじゃないですか(笑)

「その他にも、テニスの帰りにトラックに乗りました。助手席に3人座って荷台にも人が乗っていて(笑)」

ーーー トラックにも乗ったんですか?

「そうです。運転手はシートベルトもしてないし、日本だったらもう完全に違反でしたね。捕まらないのかとハラハラしました(笑)」

アイランドホッピング

村山さんと海の写真

ーーー 今年はアイランドホッピングにも行ったんですよね?セブ島の海はどうでしたか?

「きれいでしたね。 でも・・・それだけ?ウチはあまり海行かないんです」

ーーー そんなに日焼けしてるのに?

「この黒さは海だからじゃないです!テニス焼けです(笑)ウチはわざわざ海に行かないんです」

ーーー あ、そっか!沖縄の島出身でしたよね。じゃぁ海は村山さんにとってはそれほど珍しいものじゃないんですね?

「そうです。家の前が海でした(笑) 」

ーーー そうなんだ!内藤コーチは「凄い良かったです!」って行ったましたけど(笑)でも、実家が沖縄の美しい海だったら 確かに行かないですよね?

「いつでも海に入れるって言うこともあるからかもしれないんですけど、そういう意味では海の中に入るのは久々でした。気持ちいいと言えば気持ち良かったです」

ーーー 島に上がってご飯とか食べてましたよね?それはどうでしたか?

「食べ物は最高でした。日本では食べれないようなものが沢山あって、美味しかったです。地元でしか食べられないものばっかりだったし、海の上で食べたものもそうだし、街の方で食べたのもそうでしたが、それもおいしかったです」

ーーー 内藤コーチもフィリピン料理にハズレなしって言ってましたよ。

「ハズレはなかったです。ただ、1つだけ挑戦しな勝ったのが、アヒルの卵のバロットです。 写真しか見てないんですけど、自分に出されたらたぶん『だめだー!』ってなっちゃうと思います」

ーーー まぁあれは精力剤みたいなもんですからね(汗)

その他には?

ジプニーに乗った村山さんの写真

ーーー セブ島に行ってる途中はすごい衝撃的だったけど、もう行ってしまってからはそれほど衝撃的な事はなかったんですよね?すごい良かったこととか、すごい悪かったこととかはありますか?

「すごい悪かったって事はないですね。衝撃と言えばコンビニですね。コンビニとかに警察が入っていることです」

ーーー あー確かにセブ島のコンビニには警備員が立ってますね。もちろん治安の問題もありますが、人件費が安いんですよ。だから警備員が至る所にいるんです。

「 あと、1人でどこまで行けるかなぁって街を歩いてみたんですよ。内藤コーチも何も言ってなかったで、『行ってきていいですか?』『どうぞー』みたいな感じで行ってきました。散歩していて道が結構凸凹してるなぁと思ったら工事中だったんですよ。でも、工事現場の人たちはずっとお休みしてました(笑)」

ーーー 昼間は暑いから働いてないのかもしれませんね(汗) 普通は初めてのセブ島でそんなにディープなところ歩かないと思いますよ(笑)

「でも、街の景色が衝撃的でしたね。日本だと家と家との間に距離が開いてますけど、セブ島の場合は家と家とかぴったりくっついてずらっとつながってました。」

ーーー あーそれはですね、実際に繋がってる家もあるんですけど、家と家との間に屋根をつけて、そこにまた住んでる人もいるっていう・・・まぁ、貧乏な人も結構多いから仕方ないんですけどねぇ。でも、そういうところでもセブ島の人たちはみんなたくましく明るく生活していますよね。それは本当に凄いと思う。

「本当にそうですね。あと、普通に道端に寝そべってる人がいたりして、毎日つまんなくないのかなあと思いました」

ーーー それが彼らにとって普通なんですよ。1年中あったかくて快適だから働く必要がないんです。普通は夏の間にしっかり働いてお金を貯めて食べ物を貯蓄しておいて、冬の間は暖かい家に閉じこもってするを食べると言う習慣なんですけど、彼はそういう必要がないんですよ。一年中暖かいから家がなくても寝れるし、果物とかがその辺になってるから食べ物には困らない。食べるためにあくせくして働く文化がないんですよね。悲観している人や、悩んでいる人も少ない。でも、そういう文化の違いが面白いですよね。

「不思議です・・・日本だと精神面でやられている人がいるじゃないですか?心療内科とかに通ったり。自分もそういう経験があったんですよ」

ーーー え!そうなの?

「落ち込んだり鬱になったりって言う状況に入っちゃうのだけど、セブ島の人たちはそういうの感じないのかなあって疑問に思いました」

ーーー それはセブ島に限ったことじゃないけど、アジアの新興国やオーストラリアの暖かいところなどにはまだまだそんなところが残っていて、日本人でそういう外国に行ってあまりにも居心地よくなっちゃって帰って来れない人とかいますよ

「 そうなんですね」

ーーー そうなんですよ。でも、まず海外にそういうところがあるって知ることが大切だし、実は日本が細かすぎるだけなんだってことがわかれば、落ち込みやすい人も自分への罪悪感も薄れますよね。日本だけにいると自分が悪いと思っちゃうよね。でも、フィリピンに行けば自分が悪いんじゃなくて、『ああ日本が変わってるんだなぁ』ってことがわかりますよね

「今回ウチは1週間しか行かなかったですけど、テニスとかの行き帰りでずっとそういう人たちを見ていて、不思議で不思議でしょうがなかったです。どうして普通に生活できるのかなぁと思ってました」

ーーー でも、村山さんもずっとセブ島にいたら、そうなんじゃないですか?(笑)

「そうなのかなぁ、暇を持て余しそうですけど」

ーーー その発想こそ、日本人ならではですよ。

「本とか読んだりしてるけど、本がなかったらどうなのかなぁ。本屋さんはたくさんあったけど。買えない人だってたくさんいますよね。テレビもなかったりするので、何をしてどんなふうに1日過ごすんだろうと思いました。英語の勉強よりもその人たちの生活の方が気になりました(笑)

ーーー 村山さん!それを授業の時に先生に聞くんですよ!英語で!

「 そうですね。聞けばよかったですねー」

ーーー 実際僕が留学した時もそうでしたが、みんながみんな英語の勉強なんかしないんですよ。例えば、女の子は恋バナを先生とするんです。僕の場合はお金をいかにして稼ぐかという話をフィリピン人の先生としていました。そういう中で英語を覚えていくんですよね。

「あー・・・それはしたかったかもしれない。テキストとかじゃなくて・・・」

ーーー そうそうそうそう!村山さんは真面目なんだねー

「そうなんですよ。真面目なんです(笑)」

ーーー もうちょっとその辺を内藤コーチがフォローしてくれたら良かったかな・・・むしろ適当な学校の方が村山さんには楽しめたかもしれないですね。カリキュラムも何にもない学校で、普通に英語を話せるだけのフィリピン人を先生にしちゃうような学校の方が、逆に楽しめたかもね。

「そうですねー。その生活の様子を英語でやりとりだったら、もうちょっと楽しめましたねー。もっと収穫できるものがあったと思いますね」

ーーー 留学してる人の中にはフィリピン人の先生の家に遊びに行った人がいて、それがまた刺激的な経験で良かったと言っています。先生の家に行くと電気が通ってなかったとか、やたら兄弟がたくさんいるとか、日本と全然違うところが面白いみたいです。 留学っていうのはやっぱり現地に1週間済むわけだから、現地の生活や文化を知れるってことがメリットですよね。

「そういった英語の勉強ができたらよかったのかも。テニスも本当は地元のフィリピンのコーチかなと思ってたんですけど・・・」

ーーー え?もしかして内藤コーチがやるって知らなかったんですか?

「内藤コーチが象徴的な立場で、実際はフィリピンの先生が教えんだろうなぁと思っていたんですよ」

ーーー そうなんだ!それもね、やろうと思えばできなくないんですよ!何回かキャンプをやりましたけど、今のところそういった要望がなかったんですね。むしろ、やっぱり有名なコーチに教わってみたいじゃないですか。しかも、テニスすごく上手いし。

「内藤コーチが英語で練習メニューを言うんだったらわかるけど、せっかくなんだから・・・」

ーーー そしたらもう1人現地のフィリピン人コーチを用意すればよかったですね。

「そうですね。練習メニューを英語で書いて、それを読んで理解するっていうやり方だったら意味があったかなぁ」

ーーー なるほどー、実は僕は内藤君と村山さんの関係がよくわからなかったから、村山さんも内藤コーチに教えてもらいたいのかなあと思ってたんですよねー。事前にもっとたくさん聞いておくべきでした。次回への反省とさせていただきます!!!

最後に

今回のインタビューはここまでです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

インタビューをした永井としては、セブ島留学&テニスキャンプに沢山の人が参加して欲しいので、そのための口コミ集めのために村山さんにインタビューを試みました。しかし、村山さんのインタビューは予想に大きく反して脱線を重ね(笑)、健聴者が知らない『ろう者』についての沢山の未知の話を聞くことができました。また、村山さんの個性的なキャラクターにも助けられました。おかげで、予想に反してとても面白く、興味深い内容となりました。

セブ島留学&テニスキャンプの宣伝にはならなかったかもしれませんが、読み物として面白く仕上がっていると思いますので、聴覚障がいについて知らない人にご紹介していただけると、苦労して書いた甲斐があります(笑)

現在、村山さんや内藤コーチは「NPO法人デフテニスジャパン」として、耳が聞こえない子供達にテニスを教えたり、健聴者に聴覚障害を理解してもらう活動を続けています。こちらの企画もその費用を捻出するために計画されました。現在、沢山のスタッフが、日本各地で活動をしていますので、もしお近くでデフテニスが活動していたら、ぜひご協力ください。

そして最後の最後に、万が一セブ島留学にご興味を持ちましたら、ぜひインタビューを行った永井にご相談ください(笑)

 

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